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  長保寺 大門

長保寺 大門  寺蔵の棟札写「再営由来」によって、嘉慶2年(1388)に後小松天皇の勅宣をうけ、寺僧の実然が建立したとされている。 現在門の扁額は徳川頼宣が李梅溪に命じて模写させたものであり、当初のものは妙法院二品親王堯仁の直筆といわれ、裏書に応永24年(1417)6月1日の刻銘があり、現在宝蔵に収蔵されている。
 三間一戸の楼門で小形ではあるが形態のよく整ったこの時代の代表的な楼門の一つとされている。



長保寺 本堂

長保寺 本堂  長保寺は長保2年(1000)一条天皇の勅願寺として建立に着手し、寛仁元年(1017)に完成したといわれ、その後仁治3年(1242)寺地を東に移し、 延慶4年(1311) 現本堂が建立されたといわれている。 当初は法相宗であったが後天台宗、真言宗と変わり、紀州徳川家になって初代藩主頼宣公により菩提寺となって天台宗に改められた。
 この本堂は、旧来の和様へ当時伝来の唐様を巧みにとり入れ、二つの様式を融和混合し、しかも独自の計画と好意匠に成功した和様唐様折衷様式の典型的な建築である。
 
     
  長保寺 多宝塔  
     
  長保寺 多宝塔  この多宝塔は寺伝では本堂と同時に建立されたとなっているが、構造、手法などからみるとやや時代が下るようである。康永3年(1344)の弘法大師御影堂建立の勧進状に塔の名が 見えることから考えて、その頃にはすでに建立されていたことが知られる。
  本堂が和様唐様の折衷様式であるのに対しこの塔は純和様を採用している。一重と二重の釣合がよく均整のとれた優美な意匠をみせている。 さらに著しく低い亀腹と、勾配のゆるい屋根などがよく調和して一層安定感を与えていて、外観、内部、ともに多宝塔中の傑作の一つである。
 
 
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