彼方の時代をたどり、 悠久の歴史に想いをはせる

熊野古道は、古くから近畿地方と熊野三山である熊野本宮大社、熊野速玉大社、熊野那智大社を結ぶメインルートでした。
広川町が広壮と呼ばれていた古代末期から近世にかけて、村は熊野古道の経由地として賑わいをみせていました。
その様子は「蟻の熊野詣」と例えられるほどでした。
特に平安時代から鎌倉時代初期にかけては、皇帝が多くの家来を引き連れてこの古道を往来し、熊野三山へ参拝したことから「院の熊野詣」と呼ばれていました。
その後、時代が下がるにつれて武士階級の参拝者が増え、近世にかけては町人や百姓など、一般の庶民が参拝者の大半を占めるようになりました。
熊野古道が通っていた井関、河瀬地区には、古くから宿駅が設けられていました。

       

これらの集落は、江戸時代には、宿場町として大きく発展しました。
今は、民宿に掲示している屋号の標識が当時の面影を示しています。
古道の沿道には、旅の安全を祈願し、熊野権限を遠方から参拝する場所として、また旅人たちの休憩所として王子社が五ヵ所ありました。
現在、河瀬王子社には社地が残っており、津兼王子社と馬留王子社には石碑が建立されています。
このほか、熊野古道は京の文化と熊野との文化の融合をもたらし、沿道の地域では独特の文化が生まれました。
国道四十二号と湯浅御坊道路にメインルートを譲った現在、古道は当時の歴史浪漫に想いを寄せるハイカーが多く訪れています。

 

井関王子 ----- ツノセ王子 ----- 馬留王子
    1.5Km(約30分)   0.75Km(約20分)

 

広川町散歩コースの時間と距離

                 

               0.6Km     0.8Km     0.3Km          0.4Km
広川ビーチ駅---光明寺------法蔵寺-------男山焼会館--------------
                徒歩10分    徒歩15分     徒歩5分            徒歩8分

                                          ↓

            0.8Km     1.0Km               0.8Km     1.2Km
 ---小浦海岸----白木海岸-----耐久舎・浜口梧陵銅像-----養源寺---広八幡神社
          徒歩15分    徒歩20分     広村堤防   徒歩15分   徒歩25分

  1.0Km      1.0Km      0.8Km
 ----西広海岸------手眼寺-----広川ビーチ駅
 徒歩20分      徒歩20分    徒歩15分                      (総計8.7Km)